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〜いつ技能実習生は日本に来てくれなくなるか~[寄稿]杉田昌平弁護士

国際移動転換理論と各国の一人当たりGDPの推移から予測した、今後の技能実習生の見通しについて。
外国人材受け入れの専門家である、杉田昌平弁護士による寄稿です。


杉田昌平弁護士
寄稿者
弁護士 杉田昌平(弁護士法人Global HR Strategy 代表社員)
詳しいご紹介はこちら

 


 

移民に関する理論(Theories of Migration)がまとめられている文献から、移民が生じる原因に関する理論を拾い読みしています。
読まなくていけない文献リストを作っていて、ようやく法学でいうところの基本書が何かわかってきた気がします。

 

その中でも、業務的にも関心的にも気になる理論は“なぜ移民は生じるか”に関する理論で、是川夕「誰が日本を目指すのか?「アジア諸国における労働力送出し圧力に関する総合的調査(第一次)」に基づく分析」に引用されている文献なんかを見ています。

 

Hein de Haas, Stephen Castles, Mark J. Miller “The Age of Migration (6th ed.)”(2020)を読んでいると、The Migration transition theory (国際移動転換理論)(56pp) が紹介されています。
The Migration transition theory (国際移動転換理論)は要約すれば、開発が進むにつれ、出移民(Emigration)が増加していき、さらに開発が進むと出移民が減少し始め、他方で、入移民(Immigration)の数が増えていき、あるポイントで出移民と入移民の数が転換するというものです。

 

日本では、1990年頃にこの国際移動転換を迎えたとする研究があります(是川夕『移民受け入れと社会統合のリアリティ』25頁以下等)。
Haas (2020)には、具体的な数字は出てきませんが、IMFのレポートだと、

”economic growth in countries with income between $2,000 and $7,000 has the effect of reducing emigration toward EMDEs while increasing it toward advanced economies.”

とあり、GDP per Capita が2,000USD→7,000USDに発展する段階では、新興国・途上国(Emerging Markets and Developing Economies (EMDEs))への移民は減少するものの先進国への移民は増えるようです。
https://www.imf.org/~/media/Files/Publications/WEO/2020/April/English/ch4.ashx

 

さて、では、過去の技能実習が本当にそういう傾向を示すのかを見てみたいと思います。
中国からの研修生・技能実習生の推移は次のとおりです。そして、中国のGDP per Capitaが7,000USDを超えたのは、2013年で、ちょうど、技能実習生として訪日する中国人の数が減少に転じています。

 

2011年 108,876人
2012年 111,400人
2013年 110,811人
2014年 105,384人
2015年 96,120人
2016年 85,120人
2017年 79,959人
2018年 74,909人
2019年 81,258人
2020年 73,160人

 

タイだと2018年にGDP per capitaが7,000USDを超えてますが、まだ微増傾向を示しています。

2011年 2,983人
2012年 3,464人
2013年 3,794人
2014年 4,532人
2015年 5,469人
2016年 6,781人
2017年 7,898人
2018年 8,644人
2019年 10,656人
2020年 10,911人

 

これを見ると、7,000USDを超えても、決定的に減少するというものでもなさそうです。
そして、ベトナムの2019年のGDP per capitaは2,715USDです。これはタイだと2005年(2,894USD)、中国だと2007年(2,693USD)に近い値です。中国は2007年から6年後にGDP per capita7,000USDを、タイは13年後に達成しています。
ベトナムはGDPで年6~7%の成長をしていますが、それでも2022年にはGDP per capitaが3,406USDとなることが予想されていて、ここから年7%~で成長した場合、10年後の2032年には7,000USDを超えている可能性が十分にあることになります。
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/iryou/downloadfiles/pdf/countryreport_VietNam.pdf

 

送出機関関係者の中では、5年はいけそうだが、10年は見通しが難しいという声を聞きますが、感覚的にも合いそうな数字です。
そして、中国は、明らかに減少傾向をしてしていて、出移民の減少点を超えたと思われます。次に来るのはThe Migration transition theory (国際移動転換理論)によれば、入移民の数と逆転するポイントが来るはずです。
IMFのレポートを見ると、中国は2020年~2025年の間にルイスの転換点(the Lewis Turning Point, LTP)(※1)を迎えるとされます(17pp)。
https://www.imf.org/external/pubs/ft/wp/2013/wp1326.pdf

 

ルイスの転換点と国際移動転換理論の関係については、どういう関係が成り立つのかわかりませんが、ルイスの転換点を迎えた中国において、若年非熟練労働力の供給が少なくなり、国際移動転換を迎えるのはありそうな気がします。
すると、遅くとも2025年以降は、日本は、とても引力の強い中国と、国際労働市場で競争せねばならない時代に突入するのかもしれません。
現業職の外国人労働者について、国際労働市場での競争している感覚がある企業は、本当に極々一部ではないでしょうか。
もしかしたら、2020年代は、日本が働き手不足の深刻さに直面した時代であるとともに、国際労働市場での競争に立たされたことに直面する時代でもあるかもしれません。

 


 

(※1)ルイスの転換点:英国の経済学者アーサー=ルイスが提唱した概念で、社会が工業化する過程で、農村部から低賃金の労働力が都市部へ供給されるが、工業化のプロセスが進展するとやがて余剰が解消され、農業労働力が不足に転じること。転換点を超えると、賃金の上昇や労働力不足により経済成長が鈍化するとされる。

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