ニュース

中国で強まる教育統制
学習塾に規制、習近平思想は徹底~厳しい受験競争は無くならず
[寄稿]日本経済研究センター湯浅氏

Share on facebook
Share on twitter

中国で強まる教育統制 

中国の習近平政権が国家統制を進める中、教育に関しても規制が強まっているといいます。
そのような動きは、中国の若者たちにどのような影響を与えるのでしょうか。
日本経済研究センター首席研究員であり、中国研究室長でもある、湯浅健司氏に寄稿いただきました。


(寄稿者)
湯浅健司 氏(日本経済研究センター 首席研究員)
詳しいご紹介は日本経済研究センター


中国の習近平政権が様々な分野で国家統制を強めている。アリババ集団など急成長してきた民間企業に始まり、最近では市民の社会生活までもが標的となっている。その代表例が教育問題で、受験戦争を煽る学習塾を規制する一方、学校での習氏の政治思想教育は徹底させるという。時代遅れにも見える強硬策は、中国の若者たちにどのような影響を与えるのだろうか。

■地方視察から始まった教育統制

首都北京市から西に約1600キロも離れた青海省西寧市。6月7日、住宅地にある市民センターを視察した習近平国家主席が口にした言葉が教育統制の発端となった。
時刻は午後4時半で、センター内では放課後にやって来た小学生たちが思い思いに宿題や工作などをしていた。日本でもよく見られる光景だが、習氏は突然、「こうした事は学校ですべきだ。学校は放課後の時間をすべて社会に押し付けてはいけない。学習は学校の教師が責任を負うべきであり、学校で行わず、学習塾など学校外で行うのは本末転倒である」と、学校教育の現状と学習塾を厳しく批判したのだ。

習氏の独裁化が進む中国では、その発言は絶対だ。西寧市訪問からわずか1週間後の6月15日、監督官庁である教育省は学習塾を規制するための新しい組織「校外教育研修監督局」を開設して、塾への規制策づくりに着手した。約1カ月間の調整の末、7月24日には小中学生向け学習塾を対象にした具体案が公表される。①新規開業は認可しない②既存の学習塾は非営利団体として登記させる③塾の費用は政府が基準額を定める――といった内容で、さらに学習塾の営利活動を止めるため、株式上場による資金調達や外国企業の経営参画を禁じるとした。これを受け、香港やニューヨークの株式市場で関連企業の株式が売り込まれるなど、波紋は海外にまで広がった。

■背景に教育費の高騰と家計の負担増

今、なぜ学習塾を規制する必要があるのか。狙いは家計における教育費の負担増を抑え、それを少子化対策につなげることにある。
前回、この欄で紹介したが、中国では毎年6月、若者の一生を大きく左右する全国統一大学入試(普通高等学校招生全国統一考試、通称「高考」)が実施される。今年の受験者数は過去最高の1078万人だったが、北京大学や清華大学など一流校への合格率はわずか数%に過ぎない。高考はその激しい競争から現代版「科挙」ともいわれるが、一流大学でなくとも大学に合格できなければ、若者に明るい未来は待ってはいない。

受験戦争を生き抜くため、中国の子供たちは幼いころから様々な学習塾に通わされる。塾の授業料は年々、上昇しており、親の月収の半分近くを払わなければならない家庭も少なくない。多額の負担は子供が無事に大学に入学するまで続くのだ。

2000年代のように、まだ物価が今より低く、経済全体がハイスピードで成長を続け家計の収入が順調に伸びていたころは、両親が共働きの家庭なら子供の教育費はさほど苦労ではなかっただろう。しかし、2010年以降、中国は高度成長期に別れを告げる。授業料は上がる一方で親の収入は伸びず、家計に占める教育費の割合はぐんと重みを増した。
両親が多額の支出を繰り返すのを見ながら成長した現在の若い世代は、結婚しても自分は苦労をしたくないとの思いから、子供をつくるのを嫌うようになった。社会全体に少子化の流れが強まり、頭を痛める政府が産児制限を何度か緩和しても、その流れは一向に止まらなくなった。

少子化は中国にとって、深刻な問題だ。今年5月に公表された人口センサスでは2020年の合計特殊出生率(女性1人が生涯に産む子供の推定数)は1.3となり、日本の1.36を下回った。総人口数は前年よりわずかに増加したとされたが、一部には「実際はすでに減少に転じている」との見方もある。
政府発表が事実だとしても、少子化が止まらなければ、早晩、総人口は減少するだろう。人口減少は経済成長のさらなる鈍化につながり、成長が鈍れば家計の収入が減り、さらに人口減に拍車がかかる。

■受験戦争は無くならず

そうした悪循環を避けるための1つの方策として、指導部は今回のような荒療治に乗り出した。9月には小中学生向け学習塾の授業料統制を発表するなど、7月に打ち出された規制案は少しずつ具体化しつつある。しかし、規制が進むと小さい子供を持つ親が楽になるのかと言えば、話はそう簡単ではない。

学習塾が規制されても、中国の厳しい受験競争が消えて無くなるわけではない。学習塾の授業料が下がって、そこで雇われる教師の賃金も低下すれば、優秀な教師は低賃金の塾を離れて、個人で家庭教師となるだろう。収入に余裕がある家庭は多額の謝礼を払って彼らを雇う。豊かな家庭の子供ほど受験に有利になるわけで、子供のために無理をしても家庭教師を探す親が増えれば、家計の負担もかえって重くなるかもしれない。

子供を受験戦争の苦しみから解き放つような社会の工夫がなければ、いくら政府が規制しても十分な効果が期待できないだろう。
「高考」に合格しなくても、例えば専門学校や職業訓練校に進んで、様々な分野のエキスパートを目指す。その道の「プロ」として成功すれば、誰もが評価されるような、多様性を尊重する社会に中国が変身しないと、問題の解決にはならないのではないか。李克強首相は以前、所信表明演説で日本の「匠の文化」を見習うとしていたが、最近ではすっかり聞かれなくなってしまった。

■文革の悲劇を繰り返すな

指導部が進める教育統制としては、思想教育の強化のほうが気になる。報道によると、新年度がスタートする9月から、小中高校で習氏の指導思想に関する授業が始まるという。「習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想の学生読本」という教材を使い、これまで習氏が掲げてきた「中華民族の偉大な復興」「台湾統一」などの目標やスローガンについて学ぶのだという。

生徒たちがどこまで真剣に学ぶのかは分からないが、教える側がやろうとしていることは、かつての文化大革命を想起させる。文革期は若者がこぞって毛沢東語録を振りかざし、「四旧(古い思想・文化・風俗・習慣)打破」を叫びながら、街中を暴れ回った。
受験競争という抑圧された状況におかれた現代の中国の若者たち。はけ口を求めて思想教育を妄信して、誤った方向に爆走しなければいいのだが。愚かな歴史が繰り返されないことを切に望んでいる。

(了)

 

(関連リンク)
>>中国の大学入試で日本語熱~外国語で英語に次ぐ人気~[寄稿]日本経済研究センター湯浅氏
>>【1】世界に先駆けて「コロナ禍」を克服~米国超え目指す中国(1/3)~[寄稿]湯浅健司氏

Share

Share on facebook
Share on twitter