日本でエンジニアリングへの情熱を追求
幼い頃、家族は私に医者になってほしいと望んでいたが私の関心は医学に向かなかった。その代わり、私はエンジニアリングという世界に惹かれていました。母国エチオピアのエンジニアたちを尊敬し、彼らが社会にもたらす本当の価値を見てきたからだ。
さらに、現代の社会では電機や機械システムによって支えられており、それが有意義で影響力のあるキャリアを築くための明確な道を示してくれた。こうした気づきが電機機械工学の学士号を取得するきっかけとなった。エチオピアでの学士課程を終えたあと、私は更なるスキルを求め海外で学ぶことを考えた。
そこで、世界的に工学・技術分野を牽引している日本は私にとって第一の選択肢となった。
日本に留学することを決意し、政府が支援する奨学金に応募した。そして岡山大学の研究生として選ばれ、私の留学生としての旅が始まった。
日本での時間は最も充実した経験のうちの一つだったが、とても大きな挑戦でもあった。旅は必ずしも簡単ではないが、そこで経験した困難が私を強くし、今の私を形づけている。
日本での留学生活
岡山大学での時間はとても有意義であった。本当に人生最高の時間だった!私は一生涯の友人を見つけ、忘れられない経験を共有し、世界に対する視野を広げることができた。日本での治安の良さや利便性にはとても感心した。特に優れた公共交通機関のおかげであらゆる場所にアクセスできた。また全体的な環境が私をより規則正しい生活へと導き、より健康で活動的な生活になった。
留学生活を通じて、私は日本でキャリアを築きたいと考えるようになった。しかし私にとって大きな壁は言語だった。日本に来た時の日本語レベルは最低限であり、ゼロからの始まりだった。そのため最初の6ヶ月は基礎を学ぶことにし、日本語力改善のために課外授業まで受講することにした。
これらの努力にもかかわらず、すべて日本語で授業を行う岡山大学で私の日本語力は専門性の高い授業についていくには足りなかった。そのため私は英語で授業を受けることができる立命館大学に転入することにした。同時に日本での生活を続けるために英語の先生やエアコン製造工場といったいくつかのアルバイトを始めた。
これらの経験はとても価値があったが、日本語に集中して勉強できる時間は限られた。私にとって理想的な職場も見つけることができたが、日本語力は不足していた。もし私が夢を現実にしたいなら、もっと効果的な道を見つける必要があることが明らかになった。
どのようにFAST OFFER が、留学生として日本で仕事を得るという夢を実現する助けとなったのか
日本で留学生として仕事を得るにはガイダンスが必要だと気づいた。私は友達の勧めによりFAST OFFER International Programに連絡をとった。その時初めて私は明確で見通しのたった道と前に進むために導いてくれるメンターを得ることができた。
3ヶ月も経つと、アドバイザーの継続的なサポートにより、コミュニケーション力の改善と面接で効果的なスキルを身につけることができた。インストラクターからついに「就職活動の面接に進む準備ができた」と言われた時、私は大きな自信を得ることができた。このプログラムでは日本語だけでなく、プロとしての立ち振る舞いや、競争の激しい面接環境でせいこうする方法も教えてくれた。実際に面接は私にとっての試練だった。
私は三社の面接を受けることができた。しかし最初の二つの面接では習ったことを全て出し切ったが内定までたどり着くことができなかった。しかし三つ目ではようやく成功することができた!この成果は私一人では得ることができなかった。素晴らしいサポートシステムのおかげで私の日本で働くという夢を叶えることができた。
夢の実現:留学生として日本で仕事を手に入れる
最終面接の日、その日のうちに結果が届き、正式な内定を受け取ることができた。私が目指していたものとピッタリと一致し、まるで自分の居場所だと感じられる環境での仕事だった。
その後過ぎに私は会社に訪れ、革新的な企業風土と、その道のリーダーたちから学べる機会に感銘を受けた。まもなく私は油圧モニターを専門とする会社で研究開発の仕事を始める予定だ。私がこの職種を選んだ理由は、大きな成長の可能性と技術的な専門性を継続的に高める機会だと考えたからだ。
勤務地についてもとても満足している。会社は京都にあり、私はこの街を心から尊敬しており、探索をするのが楽しみだ。日本は私が求めていたものを全て与えてくれたー安全で支えてくれる環境、満たされるキャリア、そしてモチベーションを保てる生活だ。私はこれから始まる旅の新しい章に胸を躍らせている。
私の旅の新しい章
私が京都にきて最初にやるべきことは京都での家探しだ。次に優先順位が高いのはさらに言語能力を高めるための継続的な日本語の勉強だ。これは私が日本の会社で仕事をする上で効果的だろう。次の大木は目標は日本語能力試験で二級を取ることだ。
今までの旅を振り返ってみると、言語の壁を乗り越えるための鍵は継続であることを学んだ。練習をやめてしまえば忘れてしまう。漢字は今でも大きな挑戦ではあるが、規律と毎日の学習こそが唯一の方法だ。岡山では日本語を全く知らなかった私が、留学生として日本で就職を決めるまでの道のりは、適切なサポートと粘り強ささえあれば、どんな壁でも乗り越えられるという証明である。