日本で仕事を見つけるには?それは日本語を学ぶことから始まる
大学入試の後、私は機械工学を専攻しました。学業を深めていくにつれ、機械電子工学の修士号を取得するに至りました。その過程で、次第に日本語に興味を持つようになり、日本で働く可能性を考えるようになりました。
卒業後は日本で働きたいと思い、日本語を独学で学び始めました。当初の目標は日本語能力試験N3の取得でした。そのために『みんなの日本語』というテキストを選び、Bilibiliで関連する日本語のビデオ講座を見ました。1日1課勉強したのです。さらに、日本のドラマを見たり、NHKのニュースを聞いたりして、リスニングと発音の練習をしました。言語を学ぶことは難しいことではありません。重要なのは、あらゆる学習機会を捉え、忍耐強く続けることです。
同じように日本への道を歩もうとしている学生たちに、私の考え方を紹介したいと思います。日本語を学ぶことは重要ですが、日本での生活や仕事には、家族から遠く離れた寂しさなど、他にも多くの困難が待ち受けています。それらの困難と比べれば、日本語を学ぶことは比較的簡単なのです。決意を固め、根気よく勉強し、学習の機会を求め続ければ、日本語は必ずマスターできます。
FAST OFFER Internationalを通じて日本で理想の仕事を見つける
日本就職の機会を提供する多くのサービスは、派遣ベースの仕事か、私の興味をそそらない業界のポジションを提供していました。その点、FAST OFFER Internationalは、私の希望に合った企業の正社員のポジションを提供していたため、際立っていました。
しかも、3社以上の企業から書類選考を通過すると、日本での対面面接に参加できるという特典がありました。これは貴重な機会であり、是非とも掴みたいと思っていました。私の期待通り、私はこのチャンスを手にすることができました。日本での面接のチャンスをつかんだだけでなく、なんとさ最終面接の日にすぐに内定をもらうことができました。
私は面接の経験を通して、日本と中国の就職市場の決定的な違いを学ぶことができました。 中国の就職市場に比べ、日本の雇用環境はやや状況が良く、求人数も多いため、競争圧力が比較的少ないと思います。そのため、中国出身で日本就職を目指す学生にとっては有利なのです。また、日本企業は新卒社員に特別高い能力を要求するのではなく、新卒の価値観や性格が企業文化に溶け込めるかどうかを重視し、積極的に研修を行います。ですから、面接では素の自分を出せば十分だと思います。相互に相性を判断しているようなものなのですから。
不確実性への対応: 日本で働くことにあたる予期せぬ挑戦的側面
国際的な大都市である京都は、私にとって上海にとても似ている場所です。根本的な違いがなかったので、京都での生活に適応するのは簡単でした。また、私の頭の中では、故郷は飛行機のチケット1枚で行けるところにあったので、あまり心配はしていなかったのです。しかし、人生は常に驚きに満ちているものです。日本で新しいキャリアをスタートさせようとした矢先、新型コロナウイルスでパンデミックが発生し、私の計画は中断されてしまったのでした。
私は当初、2020年4月に仕事を始める予定でしたが、パンデミックの影響により日本政府がビザの手続きを中断したため、ビザを取得できたのは10月になってからでした。その間、パンデミックの最新情報を毎日追いかけていましたが、スムーズに日本に行けるかどうかまったくわからない状況でした。この不安な状況に対処するため、私は中国での仕事探しも試みました。幸い、最終的にビザは下りることになったが、その後検疫でさらに1カ月時間を取られたため、正式に仕事を始めたのは12月に入ってからでした。
この突然の問題を自分の力で変えることはできないので、私はただそれを現実として受け入れ、不確実性の中で自分にできることをやっていくことを選んだのでした。不安な時期でも、自分の決断には自信がありました。
私の日本企業就業体験
仕事で日本に来る前、私は初めての仕事への期待に満ち溢れていました。ワークライフバランス、充実した研修制度、老舗企業の安定性などを期待していたからでした。幸運にも、私が入社した会社はまさに私が思い描いていた理想的な会社でした。初任給は決して高くはなかったが、仕事への熱意が冷めることはありませんでした。
入社後半年は、いくつかの段階に分かれた研修プログラムに参加しました。最初は他の新入社員と一緒に、会社のカルチャーやビジネスマナーなど一般的な知識を学びました。その後、主にソフトウェア開発に焦点を当てた、職務に特化した専門的なトレーニングを受けました。これは、私の現在のポジションがソフトウェア開発であり、大学での専攻とはあまり関係がないため、特に役に立ちました。
現在に至るまで、私はこの会社で3年半働いています。研修終了後、すぐにソフトウェア開発部門に配属されました。昨年、会社の開発必要性から、職種が変わり、内容は違いますがソフトウェア開発に携わり続けています。
勤務時間は朝9時から夕方5時半までで、昼食は1時間程度です。私の部署は残業が少なく、時間外労働をしたことはほとんどありません。他の忙しい部署では残業があると聞きますが、会社は代休を手配し、残業代も支払ってくれています。
これまで私が日本企業に対して抱いてきた全体的な印象は、従業員の安定を重視しているというものでした。日本企業は従業員を解雇することはほとんどなく、それはつまり、会社で懸命に働く中で、突然クビになることを心配する必要がないことを意味しています。 そしてそれは従業員の会社への帰属意識を高めることに役立っているのです。
さらに、運動会、各種勉強会、親睦会など、仕事後のアクティビティも充実しています。これらの活動は、会社主催、部署主催、あるいは社員の自発的なもので、ほぼ毎月開催されています。会社や部署が主催するアクティビティは基本的に無料であり、上司が私たちを誘えば、ほとんどの費用は会社が負担してくれます。私自身は賑やかな場は好まないのですが、必要に応じていくつかの活動に参加しています。私の部署では社員間のコミュニケーションを活発というよりかは、みな仕事に集中しているので、個人的にはとても居心地がいいです。
もちろん、日本企業の問題点もあります。例えば、管理職は男性が多く、女性リーダーはほとんどいません。また、配属先や寮など、社員に決定権がないことも多いので、もっと選択肢があったほうがいいと思います。
それでも全体として、私は日本企業で働く経験を楽しんでいます。これからもこの仕事で成長し、向上していけると思います。
京都での生活費
入社当初は宿舎は提供されませんでしたが、家賃の半分を負担する住宅手当が支給されました。日本に到着すると、会社が仮住まいのアパートを用意してくれたので、新しい環境に適応しながら快適に長期的な住まいを探すことができました。家探しの手続きは中国での経験と同じで、賃貸アプリで物件を見たり、不動産屋に連絡して実際に物件を見たりしました。家具をそろえる際も、IKEAが直接宅配サービスを行っているのでとても便利でした。
しかし、日本の賃貸システムは保証人が必要で、外国人にとっては不便だと感じました。保証人になってくれる会社がないと、保険料を多く支払わなければならないのです。さらに、理解は容易いことですが、外国人に貸したがらない家主ももちろんいるのです。
私は京都で働いて、会社から30分ほど離れた場所に住むことにしました。ここの家賃は上海よりも安く、月3,000元程度で、そのうち私個人が支払うのは会社の補助を引いた1,500元ほどです。もし東京に住んでいたとしたら家賃は4,000~5,000元になっていたかもしれません。
入社2年目から社員寮が無料になったので、特に実験が必要な部署の社員にはかなり便利です。
私の通勤手段は主に地下鉄です。日本の交通費は比較的高く、初乗り11元で、毎日の往復で約30元かかります。幸いなことに、交通費が高いことから、通常は会社がこの費用を負担してくれます。人々はしばしば、仕事のない週末でも使える月または半年のチケットを購入しています。
昼食は会社から提供されます。夕食については、最初は近くのレストランで食べていましたが、後に家で自炊するようになりました。日本ではテイクアウトの出前料もかなり高く、1食分の出前料が100~200元もするので、出前はほとんど頼みません。日本の料理は中華料理のようにかなり美味しく、また私が住んでいる場所の近くには中華料理店が10軒に1軒くらいの高い割合で点在しています。
また、会社は法定に従って医療保険やその他の福利厚生を提供してくれています。健康診断も毎年定期的に受けていますし、以前日本で歯医者にかかったときも3割負担で済みました。
給与については、日本企業には明確な昇進・昇給制度があります。現在、円の価値が激しく変動していますが、会社は従業員の収入が生活費に追いつくよう、環境に応じて昇給を調整し続けているのです。
日本にいる中国人の同僚との友情関係とサポート
私たちの会社には、7、8人の中国人、あるいは中国系の同僚がいます。そのうち2、3人は私のように中国本土出身の中国人であり、他にもシンガポールやインドネシア出身で中国語が流暢に話せる人もいます。私と同期入社の中国人の同僚もいますし、2年目には博士号を持っている中国人社員と大学院卒の中国人社員が新しく加わりました。
私たち中国人の同僚は、ときどき会社で一緒に昼食をとります。仕事以外でも、親睦を深め、人生経験や文化的洞察を分かち合うための活動を企画しています。日本での生活が長くなるにつれ、このようなコミュニティが身近にあるのはありがたいことだと感じています。
日本で働く中国人として、私にはある強みがあります。中国経済が国際的にますます重要な役割を果たすようになってきている中で、多くの日本企業が中国企業との協力を求めています。私たちの会社も例外ではなく、中国に自社工場があり、取引先にも中国企業があります。このことは、私個人のキャリア形成に幅広い機会を提供するだけでなく、日本人の同僚との交流に共通の話題を加えてくれているのです。
このような職場環境では、自分の語学力や文化的背景を活かして、日本の会社と中国のパートナー会社とのコミュニケーションや協力を円滑に進めることができています。同時に、私は中国の同僚からサポートや励ましを受けることができ、私たちは一緒に仕事の課題を克服し、お互いの成功を分かち合っているのです。
グローバル化が進むにつれ、国境を越えたコミュニケーションや協力がますます重要になってくると思います。私は日本企業の中国人社員として、中日両国の経済・文化交流の促進に力を尽くし、自分のキャリアの可能性を広げていきたいと思います。
新しい人生体験の探求
仕事の合間を縫って、私は日本の美しい自然や文化的特徴を探求しています。長期休暇を利用して、私は思い出深い旅行に何度も出かけています。日本には祝日が多く、ゴールデンウィークやお盆などの長期休暇もそれぞれ1週間ほどあります。さらに、会社から11日(約1週間半)の年次休暇が支給され、これは勤続年数に応じて増えていきます。これまでに沖縄、九州、東京などを訪れました。
特に嬉しかったのは、日本の伝統的な花火大会の思い出です。2023年、私は初めてこの壮大なイベントを直接体験する機会を得ることができました。滋賀県の琵琶湖周辺を訪れ、花火のスケールの大きさと息をのむような光景は忘れられない思い出となりました。
現在、私は日本での仕事と生活に満足し、幸せを感じています。将来のことを考えると、いつかもっと柔軟な職場に就きたいと考えています。私の夢は、日本と中国を均等に行き来することだからです。家族が恋しいし、もっと一緒にいたいと思っていますが、日本で暮らす喜びを諦めたくはありません。今のところ、私は今いる場所に満足しているし、いつか完璧なバランスを見つけられるよう願っています。