幼い頃から、日本で暮らし、働くことが夢でした
かつてイギリス領だった香港で育った私は、幼い頃からさまざまな文化が混ざり合う環境の中に身を置いてきました。そうした経験を通して、将来は海外で暮らし、働いてみたいという思いが自然と膨らんでいきました。そして、その夢の行き先が日本になったのは、子どもの頃にアニメを見始めたことがきっかけです。
高校では日本語の勉強を始め、家族で日本へ旅行した際には、「自分が本当にいたい場所は日本だ」とさらに強く感じるようになりました。その夢に近づくため、私は香港大学で日本研究とドイツ研究を専攻しました。交換留学の機会が訪れたときには、ドイツも選択肢として考えましたが、最終的には日本を選びました。同じアジア圏の人間として、より自然に環境になじめるという安心感があったからです。また、日本で人文系の仕事を探すうえでも、この経験は将来きっと大きな助けになると考えていました。
何度でも恋をしたくなる国、日本
私の人生の中で、日本に心を奪われた瞬間は一度きりではありません。家族旅行で日本を訪れたとき、まず強く印象に残ったのは、歴史ある伝統文化と活気あふれる現代都市が見事に共存している姿でした。古いお寺が都会の景色の中に自然に溶け込み、美しく調和している様子に深く感動しました。香港では、お寺を目にするには街の中心部を離れなければならないことが多いからです。
香港大学で専攻を決めるとき、私が日本研究を選んだのはごく自然な流れでした。そしてその選択が、日本での交換留学へとつながりました。そこで私は、日本にいながら国際的なコミュニティの一員として過ごす喜びを知りました。寮では世界中から集まった学生たちと交流することができ、私たちには「みんな日本語を話す」という共通点がありました。時にはお互いの日本語がうまく通じないこともありましたが、日本人学生が英語も話せたので、とても心強かったです。それに加えて、日本の人たちの純粋な優しさや、カラオケへの愛情あふれる熱中ぶりにも触れることができました。香港に戻ってからは、私自身もすっかりカラオケが好きになりました。
こうした日本での経験のすべてが、将来は必ず日本で暮らし、働きたいという私の決意をより確かなものにしてくれました。それ以来、私はさらに8回ほど日本を訪れていますが、そのたびに「やはり日本で生きていきたい」という思いは強くなっていきました。
大学最終学年、日本で人文系の仕事を探した道のり
大学5年生のとき、私は大学がFAST OFFER Internationalと提携していることを知りました。すぐに登録し、自分の目標について相談するための面談を受けました。その際、私にとって譲れない条件のひとつは、調和のとれた職場環境であることを伝えました。私は、雰囲気がよく、働く人たちが親しみやすい企業で働きたいと思っていたのです。
その面談の中で、FAST OFFER Internationalの担当者は、日本で仕事を探す人文系卒業生としての現実も率直に伝えてくれました。日本では、工学系の学生に比べて、人文系卒業生向けの求人はどうしても少ないということです。それでもなお、彼らは期待以上の結果をもたらしてくれました。香港出身者に向けた日本での就職支援に関するFAST OFFER Internationalの専門性は、私にとって大きな力となりました。結果として、私は自分一人では到底見つけられなかったであろう6社もの日本企業と面接の機会を得ることができたのです。
日本で人文系の仕事を目指す卒業生へのアドバイス
まず、メンターの助言にはしっかり耳を傾けることが大切です。FAST OFFER Internationalでは、経験豊富なメンターが一人ひとりに寄り添ってくれます。自分に合わせた具体的で価値あるアドバイスを受けられるので、それを素直に受け止めることが重要です。就職活動の過程では、自分の改善点を指摘してもらい、次にどう行動すればよいかを明確に教えてもらえます。
次に、オンラインの数学模擬試験を受けておくことをおすすめします。私は3社目の面接で2次選考まで通過し、とても喜んでいましたが、最終的には数学のWebテストの点数が大きく響き、内定には至りませんでした。メンターからは、多くの日本企業で数学試験が課されると聞いていました。ですから、事前にオンラインの模擬試験で準備しておくことは本当に大切です。幸い、私は標準的な数学Webテストのない、珍しいタイプの企業で最終的に内定を得ることができました。
また、日本語のリスニング力を鍛えることも欠かせません。面接では、その場でしっかり集中し、相手の質問を正確に理解することが何より重要です。アニメや日本の番組を見ることは、リスニングの練習としてとても役立ちます。
さらに、人文系の学生にとって日本語力は非常に重要ですが、必ずしもN1を持っていることが絶対条件というわけではありません。日本語能力試験は語彙力や読み書きの力を測るものですが、実際にもっと大切なのは会話力と聞き取る力です。面接や職場では、その場で相手とやり取りできる力こそが問われます。
そして、自分がその会社の中でどのように活躍できるのかを理解しておくことも重要です。面接を受ける企業について十分に調べることは、最も大切な準備のひとつです。企業のミッションやビジョン、目指している方向性や価値観を理解したうえで、自分の強みや弱みがその組織の中でどう生かせるのかを具体的に思い描けるようにしておく必要があります。
最後に、焦らず、粘り強く続けることです。5社目の面接を受けていた頃には、私もかなり疲れを感じていました。日本で人文系の仕事の機会がどれほど貴重かを分かっていたので、一つひとつのチャンスに全力を尽くしていましたが、それでも次第にこの就職活動の道のりに迷いを感じ始めていました。香港で働く道を探すべきなのか、あるいは別の方法で日本へ行くべきなのか、考えることもありました。長い間ずっと望み続けてきた夢だったからこそ、思うように進まないことに焦りを覚えたのです。それでも、自分自身とこのプロセスを信じることが大切です。失敗は、次によりよく進むための学びになります。その瞬間はつらくても、一つひとつの不合格が、結果的には成功へと近づく一歩になっていました。
6度目の挑戦でつかんだ成功
6社目の2次面接を終えたあと、私はしばらくその会社から連絡をもらえませんでした。数週間も経つ頃には、すっかりそのことを忘れかけていたのですが、ある日メールを開くと、そこには内定の知らせがありました。そのときの安堵感は今でも忘れられません。日本で人文系の仕事を目指していた私にとって、それは本当に大きな達成でした。
これからの目標――日本で自立した女性になること
これから始まる日本での生活に、私は胸が高鳴っています。香港では両親と一緒に暮らしているため、限られた共有空間の中で自分らしく部屋を飾ったり、自分の好みを思い切り表現したりする余裕があまりありませんでした。でも日本では、一人暮らしをしながら、自分がずっと思い描いてきた暮らしを少しずつ形にしていけるのです。
もちろん、それは単に「自分の空間が持てる」ということだけではありません。本当の意味で、自立と自由を味わえる機会を得るということでもあります。友人たちと日本各地を旅し、日本という国が持つさまざまな魅力を存分に味わっていきたいと思っています。やや保護的な価値観が残るアジア的な文化の中で育った一人のアジア人女性として、そうした生き方を母国・香港で十分に実現するのは難しかったかもしれません。だからこそ、これから始まる新しい人生が楽しみでなりません。