インドで加速する”即戦力争奪戦”——日本企業が今、新卒でインド人材と出会うべき理由
外国籍の新卒採用を検討している人事担当者の中には、「インド人材といえば即戦力の中途採用」というイメージを持っている方も多いのではないでしょうか。
実際、インドに進出している日系企業の多くは、今も中途採用を採用の中心に据えています。
本記事は、2026年8月にインド現地に拠点を持つ日系企業・団体を直接訪問し、採用担当者へのヒアリングを行った内容をもとに構成しています。
取材を通じて見えてきたのは、”当たり前”とされる中途採用文化の裏にある構造的な課題と、そこにこそ日本企業が新卒採用で先手を打てるチャンスがある、という事実でした。
本記事では、現地取材で得られた生の声と、それを補強する外部調査データをあわせて、インド人材市場のリアルと新卒採用の可能性を整理します。
インドの採用現場はなぜ「中途中心」なのか
現地の日系企業に共通していたのは、「育成する文化・ノウハウがない」という背景です。日本企業のように新卒を一括採用し、先輩社員が指導しながらOJTで育てる仕組みは、インド企業にはもともと根付いていません。
さらにインド事業は立ち上げ期に中途の即戦力人材を集めることで早期に軌道に乗せる、というやり方が定着してきました。
中途採用市場自体が流動的で人材を見つけやすいことも、この傾向を後押ししています。
「育てるより、探す方が早くて慣れている」というのが、現地企業の率直な本音です。
現地担当者が語る「転職前提」のリアル
現地でヒアリングした採用担当者の実感として、次のような声が挙がりました。
- 転職のボリュームゾーンは20代後半〜30代前半。仕事を一人で回せる即戦力になったタイミングで転職されるケースが多い
- 35歳を超えると転職による給与の伸びは緩やかになり、転職者数も落ち着く
- この7年ほどで20代後半〜30代前半の給与水準の伸びが顕著だと感じている
- 求人が増えている職種はエンジニア、営業、そしてマネージャー以上のエグゼクティブ・経営層クラス
背景にあるのは給与制度の構造です。
在籍を続ける場合の昇給は物価上昇率に連動する程度にとどまる一方、転職すると大幅な昇給が実現しやすい。「給与を上げる=転職する」が、インドの労働市場では合理的な選択になっている、というのが現地の実感です。
参考:外部調査に見る転職とキャリアの実態
上記はあくまで現地担当者の肌感覚ですが、方向性は各種の外部調査とも一致しています。
- 2025年のインドにおける昇給率(在籍時)の中央値は約9.5%である一方、転職時の昇給は職種や経験にもよるものの20〜35%程度、専門性の高いポジションでは30〜50%に達することもあるとされる
- 2025年の調査では、15〜20%以上の昇給を得た社員を含め、全体の85%が転職の意向を持っていると回答している
- 若手層の離職の速さも裏付けられており、15〜29歳の労働者の平均勤続期間は13ヶ月である一方、30〜60歳の労働者は約20ヶ月勤続している
在籍時の昇給よりも転職時の昇給の方が大きく、かつ若年層ほど転職サイクルが早いという構造は、現地担当者の実感と重なります。
新卒採用への反応は「懐疑的」——しかし否定的ではない
現地企業に新卒採用について尋ねたところ、多くは「懐疑的」「慎重」という反応でした。ただし新卒採用そのものへの否定ではなく、課題は主に次の2点です。
1.入社後の教育・研修体制が整っていない
日本企業の「1ヶ月〜半年単位の新人研修制度」に相当するものが、現地の日系企業にはまだ存在しないケースがほとんどである。
2.教育できる人材が育っていない
新卒を指導する先輩社員のロールモデルが社内にまだいない。
そしてもう一つ根強かったのが、「せっかく育てても、結局は転職されてしまうのでは」という懸念です。中途採用市場の「2〜3年での転職」を日々目にしているからこそ、切実な不安として語られていました。
一方で、一部の大手総合商社などではすでに新卒採用へと舵を切り、インド人社員同士のつながりを強化しながら教育・研修体制を整備する動きも出てきています。
中途採用一辺倒だった市場に、変化の兆しが見え始めています。
「争奪戦が始まる前」に出会うという発想
即戦力人材の獲得競争は、すでにインド国内で相当激しくなっています。優秀な人材ほど早いタイミングで市場に評価され、転職によって好条件を勝ち取っていく。
現地に進出してから中途採用で探そうとしても、優秀層はすでに他社に囲われている、という構造があります。
だとすれば、まだ市場で「即戦力」として評価される前——大学在学中や卒業のタイミングで接点を持つ新卒採用は、争奪戦が本格化する前に人材と出会う有効な選択肢になり得ます。
もちろん「定着」の課題は無視できません。取材では、定着のための視点として以下も語られました。
- 昇進・昇格のタイミングで給与アップを明確に提示し、「転職しなくても給与は上がる」と実感してもらう
- 会社のポリシーやフィロソフィーを入社直後から丁寧に浸透させ、エンゲージメントを高める
- 社内に「ロールモデルとなる社員」を作り、目指すキャリアパスを可視化する
新卒採用は「育てて終わり」ではなく、育成と定着支援をセットで設計して初めて成果につながる——これが現地の共通認識でした。
追い風もある:日本語人材へのニーズは着実に拡大中
日本からインドへの出張者は増加傾向にあり、特にハイデラバードやバンガロールなどのIT拠点への出張需要が拡大しています。
こうした現場では、ITの実務経験(2〜3年程度)と日本語力(N1・N2レベル)を併せ持つ人材が重宝されるという声もありました。デリー以外の都市でも通訳ニーズが高まっています。
商工会への取材でも、新卒採用の具体的なデータはまだ乏しく、現地の人材紹介会社の多くも中途採用領域に特化しているのが実情です。裏を返せば、新卒領域はまだ手薄な”空白地帯”であるとも言えます。
地方創生の文脈からも高まる期待
日印国交75周年を背景に、都道府県単位でのインドとのパートナーシップ締結が進んでいます。現時点では観光プロモーションなど交流面が中心ですが、地方銀行や都道府県の関心は着実に高まっています。
背景にあるのは、人材不足を理由とした地方中小企業の倒産増加という危機感です。
地方銀行にとっては融資先企業の存続に関わる問題であり、都道府県にとっても地域経済の縮小・人口流出に直結する課題です。
そのため「定着してくれる優秀な外国籍人材」への関心は、地銀・自治体の双方で高まっており、とりわけ日本語を話せる人材への期待は大きいものがあります。
まとめ:日本企業が今、押さえておくべき視点
| 観点 | 現地のリアル | 日本企業への示唆 |
| 採用の主流 | 中途・即戦力採用が中心。育成文化が根付いていない | 新卒採用はまだ”手薄な市場”=先行者メリットがある |
| 転職の構造 | 20代後半〜30代前半が転職の中心層。転職=昇給という合理的選択 | 定着には「転職しなくても給与が上がる」仕組みの提示が鍵 |
| 新卒採用への反応 | 懐疑的だが否定的ではない。教育体制の未整備が最大のネック | 育成と定着支援をセットで設計することが成功の条件 |
| 追い風 | 日本語×専門スキル人材への需要拡大、地方創生文脈での関心拡大 | 語学力に加え専門性を備えた新卒人材の価値は今後さらに高まる |
インドにおける新卒採用は、決して簡単な選択ではありません。
しかし即戦力人材の争奪戦がすでに激しさを増している今だからこそ、「市場に出る前」の新卒段階で優秀な人材と出会っておくことは、中長期的に見て合理的な先手になり得ます。
外国籍の新卒採用を検討している人事担当者にとって、インドはこれから注目すべき人材市場のひとつだと言えるでしょう。
出典(参考データ)
・WTW「Salary Budget Planning Report 2024-2025 India」
・The Federal「India appraisal trends 2025」(2025年9月)
・Business Standard「Quess Corp FY26 Pulse Report」(2026年8月)