【インドネシア最前線 #3】「制度」より「対話」——インドネシア人材とムスリム受け入れの実務

【インドネシア最前線 #3】「制度」より「対話」——インドネシア人材とムスリム受け入れの実務—宗教・文化的配慮が、採用成功のポイントになる理由

📌 本記事は「インドネシア最前線」全3回シリーズの最終回です。

はじめに

2026年10月17日から、インドネシア国内で化粧品・日用品・包装材・輸入食品を対象にハラル認証の義務化が始まります。対応しない製品は現地での販売が難しくなるという、日本企業にとっても無視できない動きです。

こうした変化が象徴するように、ムスリム(イスラム教徒)への配慮は、もはや一部の国だけの特別な話ではなくなってきています。日本国内でも、モスク(礼拝施設)の数はこの25年でおよそ10倍に増加し、人手不足を背景に外国人労働者として来日するムスリムが増え続けています。日本に暮らすムスリムは推計35万人超(2024年時点)、「日本にいる400人に1人がムスリム」という試算もあるほどです。

インドネシアはムスリム人口世界最大の国(約2億3,000万人以上)であり、インドネシア人材の採用を考える上で、宗教・文化への理解は避けて通れないテーマです。今回は、日本企業がムスリム社員を受け入れる際にできる具体的な対応を整理しました。

「特別扱い」ではなく「理解しようとする姿勢」が大事

まず押さえておきたいのは、イスラム教は世界人口の約4分の1が信仰する宗教であり、国や地域、個人によって信仰の実践度合いは大きく異なるという点です。「インドネシア人だから」「ムスリムだから」とひとくくりに考えるのではなく、本人との対話を通じて実際の考え方を確認する姿勢が基本になります。

なお、本シリーズ#1で紹介した通り、インドネシアのムスリムは比較的寛容で柔軟とされ、外国人雇用の受け入れの「最初の一歩」としてインドネシア人材を採用する企業も少なくありません。

学生・社員が不安に思う2大テーマ——「食事」と「礼拝」

ASIA to JAPANが学生との面談や大学訪問を通じて受ける質問は、大きく「食事」と「礼拝」の2つに集約されます。

食事について

イスラム教徒は豚肉やアルコールを口にしません。「豚肉・アルコールを避ける」という点は広く知られていますが、実際にはポークエキスやゼラチンなど豚由来の成分、調味料に含まれるアルコールなど、一見わかりにくい形で使われているケースも多くあります。

「食べてよいかどうか」の最終判断は本人が行うため、企業側にできるのは成分表示を確認するためのサポートです。会社の飲み会や会食を強制しないこと、ハラル食品を扱う業務用スーパーや輸入食品店の場所を伝えることも、すぐにできる配慮です。

礼拝について

イスラム教では1日5回、太陽の動きに合わせた時間に礼拝を行います。日本の就業時間中には2回ほど礼拝のタイミングが重なるため、「仕事を抜けて礼拝できるか」「場所はあるか」という質問をよく受けます。

礼拝への向き合い方は人それぞれで「毎日5回必ず行いたい」人もいれば、「お昼休みにまとめて行う」「日本にいる間はできる範囲で」という人もいます。まずは本人の考えを聞くことが出発点です。そのうえで、

  • 配属先チームで5〜10分程度の休憩を取ることに問題がないか
  • 空き会議室など静かなスペースを借りられるか

を社内で検討し、本人と話し合っておくとスムーズです。特に製造ラインなど途中で抜けにくい業務では、事前に落としどころを見つけておくことが重要になります。

現場のリアル——「ひとこと相談」が積み重ねる安心感

ASIA to JAPANを通じて日本企業に就職し、現在3Dソフトを使った開発業務に携わっているインドネシア出身のエンジニアがいます。彼の来日前後の変化をたどると、企業側が学べるポイントが3つ見えてきます。

① 心配していたことと、実際に困ったことは一致しない

来日前、彼が最も気にかけていたのは礼拝の時間でした。インドネシアと日本では日照時間が異なるため、母国とは礼拝のタイミングが大きくずれるからです。一方、食事についてはさほど心配していなかったといいます。

ところが実際に暮らしてみると、状況は逆転しました。食事は自炊で済むため大きな問題にはならず、むしろ「地方在住のためモスクが近くにない」「外出先でお祈りする場所に困る」という、事前には想定していなかった不便さの方が大きかったそうです。

ここから見えるのは、採用担当者が「食事」「礼拝」と一般論で心配するポイントと、本人が実際に直面する困りごとは必ずしも一致しないということです。入社前のヒアリングだけで安心せず、入社後も定期的に「困っていることはないか」を確認する機会を持つことが重要になります。

② 解決の起点は「制度」ではなく「ひとこと」

礼拝についても、彼は特別な制度を要求したわけではありませんでした。日々の礼拝時間を自分で把握し、仕事の合間を見て行う。ただしその前に、必ず上司に一声かける——このシンプルな習慣だけで、業務に支障をきたさずに信仰を続けられていました。

これは、企業側が「礼拝スペースを新設しなければ」「特別ルールを整備しなければ」と身構える必要が必ずしもないことを示しています。まず必要なのは制度設計より先に、本人が相談しやすい空気をつくることです。「運が良ければ、社内でいつでもお祈りできる」という彼の言葉は裏を返せば、周囲の理解次第で選択肢が増えるということでもあります。

③ 不便さは「本人の工夫」と「情報」で埋められる

食事に関しても、彼は豚肉の有無を都度確認する習慣を身につけており、自炊によって多くの不安を解消していました。企業側にできることがあるとすれば、成分表示の見方を教えたり、ハラル食品を扱う店の情報を共有したりといった、「本人が自分で判断できるようにするサポート」です。至れり尽くせりの特別対応よりも、正しい情報へのアクセスを整えることの方が、実務的には効果があります。

この3点を、企業側の実務的なアクションに落とし込むと、次のようになります。

  • 入社前のヒアリングだけでなく、入社後も継続して困りごとを確認する場を設ける
  • 礼拝や食事について、「まず相談してもらえる関係性」を上司・チーム内で作っておく
  • 特別な制度整備より先に、モスクの場所やハラル食品店などの「情報」を渡す

企業側がすぐにできる5つの配慮

これまでの内容を踏まえ、企業側がすぐに実行できる配慮を整理します。

  • 礼拝の時間・場所について、まず本人の考えを聞き、社内で相談する
  • 近くのモスクの場所を伝えておく
  • ハラル食品を扱うスーパーや輸入食品店の場所を伝える
  • 会社の飲み会や会食を強制しない
  • 食べ物・飲み物の成分を確認するサポートをする

いずれも大掛かりな制度改定は不要で、「知っておく」「聞いておく」だけで実行できるものばかりです。

まとめ——受け入れは「特別対応」ではなく「関係構築」

ポイント 採用担当者への示唆
ムスリムは世界人口の約4分の1、日本国内でも増加中 特定業界・特定企業だけの話ではなく、今後どの企業にも関係するテーマになる
実践の度合いは個人差が大きい 「インドネシア人だから」で決めつけず、本人との対話を起点にする
不安の中心は「食事」と「礼拝」 成分確認のサポート、礼拝時間の相談など、実務的な対応で解決できる
大掛かりな制度より、日々のコミュニケーション 上司への一言、周囲の理解があるだけで本人の安心感は大きく変わる

インドネシアという世界最大のムスリム人口を抱える国の人材と向き合うことは、日本企業にとって今後さらに増えていくムスリムとの関わり方を学ぶ、良い機会でもあります。身構えすぎず、対話を通じて理解を深める姿勢が、採用成功への近道です。

参考記事