以前から貴社では日本語が話せる外国人材の採用をしていました。日本語が話せない外国人材まで採用範囲を広げた背景を教えてください。
保科:グローバルテックカンパニーとして成長を続けていきたいという思いが根本にあります。これまで日本語が話せる外国人エンジニアを採用し、活躍している姿を見てきたので、次は日本語の要件を外すことで採用の間口を広げ、世界中から優秀な人にジョインしていただき、会社の成長につなげていきたいと考えています。
そうした考えから、会社として正式に非日本語話者を受け入れていくことと、2024年の年度末までにエンジニア組織を完全英語化することを2021年 9 月に発表しました。海外拠点とスムーズにやり取りをするには、共通語を英語にして仕事をしていた方がいいですからね。
「エンジニア組織の完全英語化」は具体的にはどのような状態になるのでしょうか?
保科:基準として考えているのは、全てのチームで日本語不問でエンジニア採用ができる状態です。2024年度末の時点では日本語を話すメンバーだけで仕事をするチームも残っていると思いますが、少なくとも採用の間口を広げられ、海外メンバーの入社後にいつでも英語に切り替えられる状態に全部門がなることを目指しています。
本社の英語化をベトナム拠点のメンバーが非常に喜んでくれています。3 か月の長期出張で日本に来てもらう機会があるのですが、本社が日本語対応のみだと、出張の対象が日本語が話せるメンバーに限定されてしまいます。しかし、今後は日本語能力にかかわらず来日の機会が得られます。ベトナム拠点のメンバーは日本語を話せる人より英語を話せる人の方が多いので、メンバー自身のキャリアオプションが増え、会社全体の一体感が増す効果もあると期待しています。
ただ、実は非日本語話者を採用した最初のきっかけは、IIT(インド工科大学)の学生採用を始めたことでした。従来のIIT採用は現地に赴く必要がありましたが、コロナ禍にオンラインで採用ができるようになったことで「では参加してみようか」となったようです。
私は2021年 7 月入社ですが、選考を受けたのは最初のIIT採用を終えたタイミングでした。「IITの学生を採用したので助けてください!」という趣旨の話を面接で言われたのを覚えています(笑)。当時は社内的にも「本当に非日本語話者を採用するの?」という感じだったようです。
そこからどのように体制を整えていったのでしょうか?
保科:急ピッチで様々な立ち上げを進めていきました。具体的には、非日本語話者の外国人材の採用から入国対応までを行うグローバル採用部を立ち上げた他、人材開発部やカルチャー部など人事の各部を集め、「それぞれの領域で英語化しなければいけないこと」を洗い出していきました。結果、各領域で英語を話せるスペシャリストが必要だと分かり、英語で仕事ができる担当者をそれぞれ採用しました。また、通訳・翻訳チームと、英語のトレーニングを行う英語研修の二つのチームを新しく立ち上げました。
他に、Globalization Task Forceという部署横断のチームをつくりました。言語や国籍に関係なく、全ての従業員が互いを尊重し、協力して仕事ができるような環境づくりをするのがミッションです。全員兼務ですが、ミッションを掲げたチームをつくることでメンバーのグローバル意識を高め、推進力につながったように感じています。
これまでも外国人材向けのオンボーディング施策や研修などがあったと思いますが、日本語を話せない外国人材に向けて、変えたことはありますか?
保科:内容はほとんど変えていませんが、来日前に日本での生活準備について説明をするオンラインセミナーを 1 時間ほど行うようになりました。入社時のオンボーディングは、基本的には既存の研修を英語版にしていますが、労働法の理解や、会社をまとめる価値観「MVVC」(ミッション、ビジョン、バリュー、カルチャー) に関するコンテンツなどは外国人社員向けに設計し直しました。
また、全体研修は日本語と英語の双方で行っていますが、2023年から新卒エンジニア向けの開発研修は全て英語のみに切り替えました。
ということは、日本人の新卒採用でも英語力を見ているのでしょうか?
保科:24年入社のメンバーからはそうですね。23年入社のメンバーは内定承諾後にエンジニア組織の英語化が発表されたので、入社前から英語の勉強をしてもらうことにしました。
これからは英語が必要だという認識を持っている人が多かったようで、抵抗感を示すメンバーはいませんでした。むしろ「逆に良いチャンスだ」と受け止めてくれた人の方が多かったように感じています。
実際に日本語が話せない外国人材を受け入れてみて、どうでしたか?
保科:コロナ禍で入国できない期間があったので、最初に受け入れた2022年 4 月が一度の入社数としては最多でした。同期入社が多かったことで、本人たちの仲間意識が芽生え、助け合いが生まれたのはよかったですが、人数が多い分フォローするのは大変でした。
五十嵐:この時に、当社の受け入れ業務の基盤ができたのはよかったですね。エージェントの力を借りつつ、新入社員の皆さんと一緒に学び、ときに助けてもらいながら受け入れ業務を行う中で、「外国人材の皆さんが気持ちよく当社でのスタートを切るためにすべきこと」が見えてきました。
受け入れ部署ではどのような準備をしたのでしょうか?
保科:英語化の発表をしてから外国人材が入社するまで半年ほどあったので、開発メンバーは英語の勉強をしたり、グローバルマネジメントの経験者が過去の失敗談を交えながらノウハウを共有したりしました。
エンジニア組織としては、まずは全ての非日本語話者の外国人材をひとつのチームに配属し、シンガポールでエンジニアリングマネジャーをしていた者にマネジメントを一手に引き受けてもらいました。
この形であれば、外国人メンバーにとっても、やり取りする相手が英語話者のマネジャーに集約されるメリットがあります。並行して、日本人メンバーが英語力を伸ばすための学習をサポートしながら、他のバイリンガルマネジャーの育成及び採用に力を入れました。開発者に関しては、業務目標を調整した上で、1 日あたり業務時間の最大 3 時間を英語の勉強に当てられるように仕組みを整備しました。
バイリンガルマネジャー採用や英語トレーニングがある程度すすんできたため、2023年度より、ひとつのチームにまとまっていた非日本語話者のメンバーを複数の部署に配置し、外国人採用も会社全体に広がってきています。
一方で、日本語を話せない外国人社員の皆さんが日本で生活をする上で、日本語の問題が出てくると思います。どのようなフォローをしていますか?
五十嵐:外部の日本語教育プログラムを提供している他、希望者は「TERAKOYA」という社内の日本語学習プログラムに参加することができます。具体的には週最大 2 回、日本語ネイティブの社員と日本語で会話をする時間を設けています。
マッチングは半年に 1 回シャッフルしているので、様々な部署の社員と交流する機会にもなり、プライベートで遊びに行くなど仲良くなるペアもあります。生活の相談をしたり、他部署の話を聞くことで会社理解につながったりと、様々な効果があると感じています。
保科:2023年上期には、約80人のコーチと生徒が参加しています。もはや一大プロジェクトですね。
五十嵐:私は 1 年 前までTERAKOYA運営を担当していましたが、日本語のコーチを募集すると生徒数に見合う人数があっという間に集まります。むしろコーチの方が過多になるくらい人気があります。日本や日本語に関して新しい発見があり、コーチ側も学ぶことが多いという意見は多いです。
そして、何よりも外国人社員のサポートをすることで得られる充実感があるのだと思います。継続して参加している日本人社員も多く、楽しんでくれていますね。
保科:英語化を決めているのはエンジニア組織だけですが、ビジネスサイドでも英語の必要性を感じている人はいます。日本語を教える場ではありますが、英語や異文化に触れたい人も登録していますね。
五十嵐:他に、英語で何でも相談ができるSlackチャンネルがあり、100人以上が参加しています。気軽に質問ができ、込み入った話になると労務など専門部署の人が回答しますが、基本は答えられる人が返信する仕組みです。
例えば、日本語で書かれた区からの郵便物の写真とともに「これは何?」と質問し、バイリンガルの社員が私たち人事より早く答えてくれる。公的な郵便は同じタイミングで受け取ることが多いので、他の外国人材の役にも立ちます。
最初は生活の困りごとを質問する場として用意したのですが、今では一つのコミュニティのようになっていますね。
日本語ができない外国人材の採用を新たに始めたことで、どのような変化がありましたか?
保科:会社の見られ方が変わったと思います。例えば、大手外資テック企業出身のシニアメンバーが「マネーフォワードは本気でグローバルにいくんだな」と受け止め、入社してくれました。例えば、キャリアの最後の数年は日系企業に経験を還元したいという思いを持つ人もいて、そういう人に共感してもらえているように感じます。また新卒採用でも、大手外資系テック企業と当社を併願するケースが出てきています。
五十嵐:グローバル志向の強い優秀な学生にも魅力に感じてもらえていますね。
あとは日本語不問の採用を行ったことで、日本での就職意欲が高い、日本語が得意ではない優秀な留学生の採用もできるようになりました。競合となる企業が少ないので、チャンスは非常に大きいです。
保科:社内でも英語が飛び交っている一角がありますし、全社イベントの景色も様変わりしました。代表の辻も全社朝会のスピーチは基本的に英語で行っています。
五十嵐:私は毎日出社していますが、英語が聞こえない日はないですね。
外国人材採用を始める際に、最低限押さえておくべきポイントは何だと思いますか?
保科:会社規模や採用力にもよりますが、理想は人事に外国人材の受け入れ経験が多少なりともあって、受け入れ部署に英語でのマネジメント経験者がいること、だと思います。
外国人材をマネジメントできる人の存在は、必ず必要だと思います。グローバルマネジメント経験者はいればいるだけ良い。外国人材採用に踏み切れるかどうかの一番の要因は、このマネジメント力だと思います。
どのような状態になったら「マネーフォワードはグローバル化した」と言えそうですか? 最後に、貴社が考えるグローバル化について教えてください。
保科:代表の辻は「グローバル化の 3 つのステップ」という話をしています。
当社の場合、まず資金調達のグローバル化から始まり、今まさに進めている組織のグローバル化があって、最後に事業のグローバル化があります。組織のグローバル化は、日本語能力や出身国・文化圏にかかわらず、平等に活躍の機会があり、評価をされる状態が実現できた時に、最低限のゴールに到達したといえると思っています。そういう意味だと、先日ベトナム出身のメンバーがグループ会社のCTOに就任したのは一つの成果ですね。
外国人メンバーが活躍するステージは着実に広がっており、事業のグローバル化を進めていく体制は整いつつあります。そこを盤石にするためにも、まずは2024年度中のエンジニア組織の完全英語化に向けて社内の体制を整備しつつ、引き続き世界中から優秀な人材を獲得し、全従業員が等しく活躍できる環境をつくっていきたいと思います。