EN

国際労働移動の数のアプローチ、権利のアプローチ

国際労働移動の数のアプローチ、権利のアプローチ

目次

外国人労働者に関する制度見直しについての議論が多くなってきています。
これについての杉田先生のコラムをお届けします。


杉田昌平

寄稿者
弁護士 杉田昌平(弁護士法人Global HR Strategy 代表社員)
詳しいご紹介はこちら


外国人労働者に関する制度見直しという報道が増え、論点がどこなのか議論されるようになってきました。

私は、難民・移動を強いられる人ではなく、自らの意思で移動する移住労働者の受け入れの制度設計は、
(1)数のアプローチによる検討
(2)権利のアプローチによる検討

という2つの視点からの検討が必要だと思っています。

 

はじめに:数のアプローチ、権利のアプローチ

数のアプローチは、日本の産業や労働市場の観点から、政策的に、どのくらいの数の、どのくらいのスキルの移住労働者に日本に来てもらうことを選択してもらうことを目標にするのか、という視点です。

最適な人数、最適なスキルの人に来てもらうにあたって、最大限効率的な制度は何かという視点で考えます。
これは、移住労働者の受け入れを国内の労働市場における労働者の不足を補うという政策目標で行うのであれば避けては通ることができないアプローチです。

 

権利のアプローチは、数のアプローチから導かれる効率的な制度を権利の観点、すなわち正義の観点から検討するアプローチです。例えば、なぜ、移住労働者の在留の上限は設けることができるのか、なぜ転職の制限はできるのか、なぜ家族帯同を制限することができるのかという議論は、この後者の権利のアプローチから議論されます。

 

日本の数のアプローチ:必要な人数って?

さて、日本で、日本全体、産業別、地域別において、不足する労働力を算定し、必要な外国人労働者の人数を算定して受け入れを行っているかというと、そういったものはありません。特定技能制度の産業分野別の人数枠も労働市場の調査から導かれたものではないと思います。

その意味では、JICAが「2030/40年の外国人との共生社会の実現に向けた取り組み調査・研究報告書」に関する調査研究を行ったのは、とてもチャレンジングな試みだと思います。

 

今の日本では、外国人労働者において、国際労働市場から獲得する目標の数や、日本国内の労働市場や生産年齢人口等から不足する労働者数を考えて、日本に来てもらいたい移住労働者の目標数字というのはないと思います。

 

数のアプローチの調整者は?:移住労働者の観点

さて、そうすると疑問が生じます。今の約173万人という外国人労働者の人数というのは、どうやって決まっているのか。
これは市場原理によって決まっているのだと思います。そして、その一部の機能を担っているのが技能実習制度などの在留資格制度だと思います。
どういうことでしょうか。

国際労働市場の存在
こちらは、インドネシアを出身国とした移住労働者の移動の数です。日本向けの人数は労働省のLPK/SOといういわゆる送出機関が扱う数が入っていないので、それを入れるとマレーシアとシンガポールの間に来るはずです。
それでも、インドネシア⇒日本の人数は、インドネシア⇒台湾、インドネシア⇒マレーシアの人数より少ないです。
さて、マレーシアの平均月額基本給は492 USD、台湾は1,543 USDとされます。
■新型コロナ禍2年目のアジアの賃金・給与水準動向(JETRO)

 

日本の一般労働者の平均賃金は30.7万円です。
■令和3年賃金構造基本統計調査の概況(厚生労働省)

 

もちろん、マレーシア、台湾、日本の移住労働者の賃金の平均ではないので厳密な比較はできませんが、それでも、日本はマレーシアや台湾よりは賃金は高いとはいえそうです。
そうすると、賃金だけが移住労働者が移住先の国を選ぶ理由であるとすれば、マレーシアや台湾より多くの人数が日本に来てもおかしくないわけですが、現実はそうなっていません。

 

この背後には、移住に要するコストの違いがあるのだと思います。まさに今調べている最中でまだ断定できないですが、マレーシアや台湾に移動するのは、日本に移動するより、短期間で安く移動できると思われます。例えば10万円、1ヶ月のように。
他方で、日本に移動するには、先日入管庁から公表された「技能実習生の支払い費用に関する実態調査について」によれば、日本→インドネシアの移動について、技能実習制度では、約23万円の費用を要しています。

 

そして、これまでのヒアリングだと、日本に移動するには、概ね4~6月の期間がかかるといわれています。
すると、10万円・1ヶ月で賃金が相対的に安いマレーシア・台湾と、23万円・4~6月で賃金が相対的に高い日本という選択肢が並び、個々の移住労働者の事情によりホスト国を選ぶことになると思います(完全な並列的な完全市場に近いのかは疑問ですが)。
すると、ホスト国選びの中で、日本は、ある意味で最も行くのが難しく最も稼ぐことができるホスト国グループの1つであり、日本を選ぶことができるのは、移住労働者の中でも、4~6月の期間と一定の費用を負担できる経済力や社会的基盤を持っている層になります。

 

日本は、技能実習及び特定技能という制度では、「技能」を中核に置いたため、このようなある意味で他の国の移住労働の制度と比較すると、来る人に時間的・金銭的に高いハードルを課すことになっています。
そして、それが、一定のスクリーニングと数の調整機能を果たしているわけです。
つまり、数のアプローチについて、目標数値を設定せず、「技能」の修得を中心に置いた制度にして一定のコストがかかる制度にすることで、来る人のスキルと人数を、数的な目標ではなく、スキル・経済力という水準によってバーを設けて調整しているという戦略をとっています。

 

例えで言い換えると、単純な労働者の受け入れ制度が並ぶ中、日本は自分の制度について大リーガー養成ギプスを付けたような、制度として重たい負担を負った制度になっているわけです。
ですが、これにより、数とスキルの調整ができているので、これを、意図的に設計してきたのだとしたら、ここまで国際労働移動のメカニズムを読み切って制度を作った先輩がいるのだとしたら、言葉もありません。いつかお目にかかりたいものです。
このような高いハードルを設けるアプローチが採用できるのは、やはり日本の強い購買力が背景にあります。斜陽感はあっても世界有数の経済大国であることは全くかわらず、ホスト国としての強さでみれば、やはり、アジアの中ではかなり強力な引力を持つ国です。

 

この圧倒的に強い経済力と高いハードルが絶妙にバランスしているのが、今の、在留資格制度による受け入れだと思います。
逆に、この高いハードルがなければ、例えば、最も効率的な制度である移住労働者の負担が0で、そして使用者の負担が0の制度を作りハードルを下げた場合、今より圧倒的に多くの人に選ばれることでしょう。間違いなく”選ばれる国”になることはできます。
ですが、同時に、日本の労働市場は大きく形を変えることでしょう。そして、その変化は労働市場だけではないでしょう。

 

数のアプローチの調整者は?:使用者の観点

では、現状の制度において、使用者側のコストはどうなっているのでしょうか。これも、最近の技能実習機構が公表した「監理団体が実習実施者から徴収する監理費等の費用に係るアンケート調査について」により具体的な検証が可能となりました。
同調査によれば、技能実習2号(3年間)までで要する費用は約141万円、技能実習3号(5年間)であれば約198万円となります。

さて、この費用を年の労働時間2080時間で割るとどうなるでしょうか。労働時間は3年であれば6240時間、5年だと10,400時間です(入国後講習期間は一旦無視します)。
141万円を6,240時間で割った場合、時間あたりの金額は約226円です。5年の場合である198万円を10,400時間で割った場合は190円となります。

技能実習制度は最低賃金法の適用があり、かつ、同等報酬要件があるため、上記の時間当たりの190円~226円という金額分は、必ず日本人を採用するより高くつく分になります。時間になおすと190円から226円、月に換算すると32,927円~39,156円という金額が日本人を雇用するより高くなります。
「安い労働力」と表現されることがある外国人雇用制度ですが、安いわけないんですね。日本人より絶対に高くなります。

 

そして、今の在留資格制度、つまり技能実習制度や特定技能制度では、絶対に日本人より高くなる制度ですから、日本人が採用できれば日本人を採用する経済的なインセンティブがある制度なんです。経済的に考えれば、制度的に、日本人を採用することの誘引がある。それでも技能実習制度や特定技能制度の活用が促進されているのは、日本人を採用することができないことが背景にあると思います。もう少し具体的にいうと、1人当たりの募集費等も加えた場合、その日本人が働いてくれる期間で募集費を除した金額まで見て、それが月額32,927円~39,156円を超えるようになっているのであれば、外国人を採用するインセンティブが出てきます。

ですが、まずここで注目頂きたい点は、日本人を採用することに経済的なインセンティブがある制度になっているという点です。つまり、先ほどの移住労働者側だけではなく、採用側においても、需要を制限するメカニズムが組み込まれているんですね。
だからこそ、日本人の採用を差し置いて外国人を採用するということは日本では起きていないのではないかと思います。

 

 

数のアプローチ:在留資格制度

このように、今の日本では移住労働者の側も採用する側も双方において、一定のハードルを設けることにより、日本の高い購買力との間で絶妙なバランスをとっているのが、日本と国際労働市場との接続を調整しているメカニズムです。
私は、この調整メカニズムは、偶然の産物として出来たと思っています。それは、平成の入管制度である1990年体制は、1988年頃に行われた労働政策の政策官庁である労働省と法務省との間でのやりとりにより、外国人労働者については労働政策として対応せず、出入国管理行政の中で対応するという、政策的な数のアプローチをとらないという判断がされて30年来た領域だからです。
(労働)政策的な数のアプローチをとらない選択をし、その中で、なんとか来すぎず、来なさすぎずというギリギリの対応をしてきた中で、積み上がってできたメカニズムなのではないかと思いっています。

 

数のアプローチ:ここからの未来は?

さて、では数のアプローチは、今後、どうするべきなんでしょうか。今後、日本の中の生産年齢人口がより減少し、外国人労働者に助けてもらわねばならない場面が増えるのであれば、今より、多くの人に来てもらわねばなりません。
今のアプローチは、経済大国であることを背景に日本への入国のハードルを高くし、採用するハードルも高くして、適切な人に適切な人数来てもらうという戦略をとっています。
このある意味で、国際労働移動における強いホスト国だからこそとることができる戦略を維持するのか、そして、その高いハードルに今の「人材育成」という「技能」を中核とした制度を置くのかが、今後あり得る議論の論点だと思います。

 

権利のアプローチ

この数のアプローチによって出てくる制度も、権利のアプローチからの検証を経る必要があります。すなわち、基本的人権を侵害するものであってはいけませんし、正義の観点から成熟した立憲主義の民主国家である日本の制度として良いものかを考える必要があります。
このとき注意が必要なのは、単に全ての権利を開放的に認めることは移住労働者の権利の保障につながるわけではない点です。転職も自由、家族帯同も自由、在留期間の更新の上限もない日系人の受け入れで、今、何が起きているかに着目している人は少ないのではないでしょうか。

 

日本語を話す必要がなく、ポルトガル語・スペイン語で完結する職場で、住宅も派遣会社が用意してくれ、派遣先との交渉も派遣元のポルトガル語・スペイン語話者が対応してくれ、製造業の繁忙度にあわせて移動するので技能の蓄積もされず、制度上、日本語能力も問われない結果、日本の中の脆弱な泡のような”外国”で生活し、行き来が自由で”デカセギ”のために来ていたので、脱退一時金を申請し、定年を迎えて、無年金、日本語及び技能がなく再就職が難しいという状況が生じます。それでも、製造業の生産性は圧倒的に高く、子どもに正社員より製造業おける派遣労働を勧めるという形で、世代を超えて連鎖します。

 

このように、単なる開放的な権利オリエンテッドな”べき論”として権利のアプローチを考えると、移住労働者の脆弱性を緩和することができず、正義のアプローチであるはずの権利のアプローチで欲する結果を得ることができません。
権利のアプローチでありながら、べき論からではなく、移住労働者の脆弱性に与える結果から考えなくてはならないわけです。

 

移住労働者に限られませんが、語学やスキルという人的資本が蓄積されない状態だと、人は自由を制限されます。この人的資本が蓄積されないことは移住労働者を脆弱にします。
この移住労働者の脆弱性を緩和しようとした場合、避けてとおることができないのが、特に経済面でのホスト国への社会的統合です。日本人になれと発想する同化でもなく、単に多元的な文化が並存する多文化共生ではなく、文化的なバックグランドは様々でも、日本の社会の中で、経済的に階段を上っていくことができるという点で社会的な統合は、移住労働者の脆弱性を緩和する上では、避けてはとおれない議論です。

 

その際、技能の修得義務、日本語の習得義務、それに連動した在留上限、配偶者の日本語の習得義務といった形での議論をしなくてはならない時が来ると思います。
また、数のアプローチからは一定の産業分野での人が不足するから受け入れをするという形で制度が設計されるため、当該産業外の転職の制限も議論されます。

 

このような一定の社会的統合を指向すること、転職を制限すること、家族帯同を制限することは、正義のアプローチから許されるのか、それを考えるのが権利のアプローチです。
この権利のアプローチは、日本の外では先行研究がいくつかあり、Martin Ruhs “The Price of Rights: Regulating International Labor Migration”なんかが代表的な先行研究でしょう。

同書では、どのような転職制限がどの程度、どういった理由であればあり得るかについて正面から議論しています。
そして、権利のアプローチからは、在留の上限に制限があることが良いのか、すなわち、短期ローテーションモデルの正義を正面から問うことになります。

 

論点整理

移住労働者に関する議論は、このように大枠は(1)数のアプローチと(2)権利のアプローチという2つの観点から、論点を整理しなくてはならないのではないかと思います。
そして、ここから、国際労働市場の接続、数、スキル、労働市場法制の接続、需給調整メカニズム、社会的統合、言語、技能、などの項目が出てきた上で、どういった制度で受け入れるべきかを論点整理すべきなのではないかと思います。

 

日本は、緩やかにですが「人材育成」を基礎とし「技能」(スキル)を中核としたステップバイステップに統合する受け入れ制度を構築しつつあります。
論点整理では、この30年以上の集積と、そして、国際労働市場に接続せざるを得なくなった、言い換えれば成熟した経済大国として移住労働者の受入国になったことを直視した議論がなされてほしいと思います。

 

 


(関連記事)
在留外国人に対する基礎調査の結果が公表されました[コラム]杉田昌平弁護士
技能実習制度の費用[コラム]杉田昌平弁護士

この記事をシェアする!