EN

就職難に苦しむ中国の大学生
~習近平政権の強権政治も悪影響
[寄稿]日本経済研究センター 首席研究員 湯浅氏

首席研究員 中国研究室長

中国の就職難 日本経済研究センター首席研究員 湯浅氏によるレポート

 

今年、中国の大学卒業者数が初めて1000万人を突破するなか、中国の就職難はさらに加速しているといいます。
この状況は、日本企業が中国の優秀な学生を採用できるチャンスと捉えることができるのでしょうか。
その実態や背景について、日本経済研究センター首席研究員であり、中国研究室長でもある、湯浅健司氏に寄稿いただきました。


(寄稿者)
湯浅健司 氏(日本経済研究センター 首席研究員)
詳しいご紹介は日本経済研究センター


中国で大学生が理想の仕事を見つけられない就職難に苦しんでいる。進学率の向上で卒業予定者数が過去最高となるなど、大量の学生が求職する一方、経済の成長スピードが減速して、企業の採用意欲が盛り上がらないためだ。
習近平政権による強権政治のあおりで、新卒者の受け皿だった民間企業が採用に慎重になっていることも影響している。

ー-----

3月30日、小雨が降る北京市。名門校、人民大学のバスケットボール場で企業の合同就職説明会が開かれた。新型コロナウイルスの感染拡大により、南部の大都市、上海市では2日前から都市封鎖が始まっていたが、北京は行動制限がなく、説明会も対面方式で実施され,70余りの企業が参加した。

しかし、企業を回った学生の顔色は冴えない。ある経済学部の4年生は中国メディアのインタビューにこう漏らした。
「もともと大学院に進むつもりだったので、3月になってようやく就活を始めた。希望するネット企業や銀行はもう採用を終えており、関心のあった他の企業はほとんど出展していない。」

中国の大学は通常、毎年9月に入学して、6月に卒業する。卒業予定者の就職活動は4年生の上期(9~11月)と、春節(旧正月)休暇明けの下期(3~5月)に行われる。上期は「秋招」、下期は「春招」と呼ばれ、春招は就職希望者にとってラストチャンスだ。ここで就職が決まらないと、大学院に進むなど別の道を探さなければならない。

春招がピークを迎える中、大学生の就職内定率は低迷している。報道によると、地方の大学では内定率が20%を割るところもあるという。人民大学など名門校ですら、全員が希望通りに就職できるわけではない。

就職難の要因の一つが学生数の増大にある。中国教育省の推計では、2022年の大学卒業者数は前年より167万人増えて1076万人と、史上初めて1000万人を突破する。300万人弱に過ぎない日本の3倍以上の規模だ。22年は2000年以降に生まれた、いわゆる「00后」が初めて卒業することにもなり、この世代の大卒者は今後も毎年100万人を超えるペースで増え続ける見通しという。大量の新卒者が生まれる一方、就職機会が増える割合はそれほど大きくなく、自ずと就活の競争倍率は高くなる。

ー-----

それに加えて、新型コロナが様々な形で悪影響を及ぼす。1つはコロナがもたらす経済成長の鈍化から、特に不振が目立つサービス産業が採用難に陥っている。消費不振により流通や飲食業、さらには不動産業界も採用の門戸を狭めている。

2つ目は海外留学組の大量帰国だ。中国が世界の送りだす留学生数は2020年時点で約160万人と、世界全体の留学生数の約30%を占めていた。しかし、世界で新型コロナがまん延し、留学先での学習や研究の継続が困難になった学生がやむを得ず帰国するようになっている。20年に帰国して国内で職を求めた留学生は80万人を超えたとの報道もある。彼らが国内の新卒者と就職先を奪い合う構図だ。

ちなみに、国内組に比べて高いコストを払って学んできた留学生の方が就職しやすいかというと、必ずしもそうでもない。欧米など海外で学んだ常識が、中国では通用しないケースが少なくない。中国の最新のビジネス事情や商習慣に疎かったり、人脈に乏しかったりする点もマイナスだ。留学生が帰国してから苦労するのは、日本も中国も同じなのだ。

習近平政権による強権政治も就職市場に暗い影を広げる。中国では昨年、指導部の鶴の一声で、営利目的の学習塾が禁止となり、大量の教師らが解雇された。「教育は指導部の目が届く公立の学校が中心となるべき」という方針からだが、学習塾は新卒者の雇用の場でもあった。さらに、アリババ集団をはじめ、インターネット関連の大手企業への締め付けが強まったことから、そこでの就職も依然よりは厳しくなっている。

ー-----

習近平政権下では不動産会社やネット関連、学習塾など、民間企業に強い逆風が吹く。そうした状況を見越してか、学生の間では就職先として例年以上に公務員や国有企業の人気が高まっている。公務員などは民間企業に比べて給与水準は劣るが、都市部での仕事が約束されていたり、住宅補助や福利厚生が充実していたりと、長所も少なくない。特に、ここ数年の全国的な住宅費の高騰は若い世代を苦しめており、住宅面での支援のメリットは大きい。

当面の経済状況を考えれば、こうした学生の安定志向はますます強まるとみられる。ただ、中国の長的な発展のためには、製造業や半導体などハイテク業界の現場に優秀な人材を多数送り込む必要がある。中国の有力ネットメディア、財新網は「学生の就職難は求職者数や求人数を上回っているからではなく、企業のニーズと学生の考え方のミスマッチが原因」と指摘する。学生を求める職場ほど人気がなく、逆に採用に苦労しているのだ。

大都市部だろうが、地方だろうが、多くの学生は恵まれた環境で育った一人っ子だ。彼らの多くは都会での穏やかなデスクワークを望む。現実と理想のミスマッチが解消されなければ、中国の就職事情が好転するのは容易ではなさそうだ。

(了)

 

(関連リンク)
■中国で強まる教育統制 学習塾に規制、習近平思想は徹底~厳しい受験競争は無くならず [寄稿]日本経済研究センター湯浅氏
■中国の大学入試で日本語熱~外国語で英語に次ぐ人気~[寄稿]日本経済研究センター湯浅氏
■【1】世界に先駆けて「コロナ禍」を克服~米国超え目指す中国(1/3)~[寄稿]湯浅健司氏

この記事をシェアする!